如来さまとともに(65) -4月の法話-

~4月8日は、お釈迦さまのお誕生日!~

 4月8日は「花まつり」、お釈迦さまがお生れになった日だと伝えられています。

 お釈迦さまがお生れになった年は、確定されたものはありませんが、いくつかの説があります。以前は、紀元前624年頃、紀元前564年頃、紀元前463年頃、紀元前1029年頃等の説がありましたが、最近の考古学の発掘調査により、紀元前550年頃という説が出され、この説が一番確かなようだということです。はっきりと断定することはできないようですが、紀元前6世紀頃、今から2500~2600年程前にお生れになったということがいえるでしょう。

 お釈迦さまが誕生された時、「7歩」歩まれ、天と地を指さして「天上天下唯我独尊」(てんじょうてんげ ゆいがどくそん)と言われたと伝えられています。しかし、その「唯我独尊」という言葉の意味が、世間では「自分だけが他人より尊い」という意味に誤解されています。この言葉はそういう意味ではなく、そのことを『仏説無量寿経』に「われまさに世において無上尊となるべし」と説かれています。「無上」とは、「この上もない」とか「比べるものがない」という意味です。ですから「唯我独尊」とは、この世に誕生されたお釈迦さまが「この世でこの上もない、他に比べることのできない尊いものになるのだ、すなわちお悟りの仏になるのだ」ということを示しているのです。

 なぜ、他に比べることのできない、この上もない尊いものなのか。それは、他に比べることのできない、この上もない幸せを与えて下さる方だからです。

 では、この上もない幸せとは何なのでしょうか。

 お釈迦さまは、ヒマラヤ南麓にあったカピラヴァストゥを居城とする釈迦族の王家に誕生されました。父はスッドーダナ、母はマーヤ夫人と伝えられています。王子として何不自由もない、物にも恵まれ、世俗的な幸福はそろい、世間一般では羨まれるような生活を送っていたことでしょう。しかし成長するにつれて、お釈迦さまは、そのような世俗的な幸せだけでは満たされないものがあることに悩んでいかれました。

 私たちは誰もが幸せになりたいと思っているでしょう。そして、どうすれば幸せになれるかということを考えます。例えば、経済的に裕福になれば幸せになれるだろうと、いっぱいお金や財産を得ようと行動する。また、健康、地位や名誉、良い学校、良い会社、良い男女関係、愛情に包まれた家族、等々。確かにそれらはすべて大切なものばかりです。しかし、それらは変化し続けるものばかりで、いつかは壊れていく、末通った本当の幸せではないのだと、仏教は教えます。

 お釈迦さまは国と財と位を捨てられました。それは、私たちが求めてやまない裕福な生活を捨てられたということです。そこには末通った本当の幸せはなかったのです。何が決して変わることのない本当の幸せなのか、お釈迦さまは真実の幸せを求めて、29歳の時に出家されたのです。それから6年の修行の末、35歳の時におさとりを開き、仏陀となられたのです。ここに仏教が開かれました。

 仏と成られたお釈迦さまが、仏に成ることが真実の幸せなのだと教えて下さっています。仏さまは、「あれが欲しい、これが欲しい、ああなりたい、こうなりたい、あれがなければいい、これがなければいい、好きだ嫌いだ」というすべての執着から離れたところに本当の幸せがあるのだと教えて下さいます。真実の智慧を得、あらゆる執着を離れ、あらゆる苦悩から解放された姿が仏になるということです。しかし、私たちは自分の力で仏に成ることはできません。裕福な生活を求めてやまない心、この身のある限りこのような執着から離れることはできないからです。いわゆる煩悩具足です。

 しかし、このような煩悩具足の私たちを、おさとりの仏に成らせて下さる仏さまがおいでなのだということを、お釈迦さまは教えて下さいました。それが、阿弥陀如来という仏さまです。阿弥陀仏は、私たちに「ああなりなさい、こうなりなさい、我欲を捨てなさい、煩悩をなくしなさい」とは仰いません。それは、そういうことのできない私たちであることをお見通しだからです。阿弥陀仏の救いは、煩悩具足の私たちが目当てなのです。私たちの煩悩が何一つ、阿弥陀仏の救いには邪魔にならないのです。煩悩を持ったまま仏に成れる道が、阿弥陀仏によって用意されているのです。それは、あらゆる執着を離れ、あらゆる苦悩から解放される救いが完成しているということです。仏に成るのは命終った時ですが、阿弥陀仏は、私たちを、今、必ず仏に成る身にして下さるのです。ここに決して変わることのない、壊れることのない本当の幸せがあるのです。

 キリストさまのお誕生を祝うクリスマスは、誰もが知っていて、大いにお祝いされています。しかし、仏教国でありながら、お釈迦さまのお誕生を祝う「花まつり」を知っている人は段々少なくなっているようです。これはとても寂しいことです。

 どうぞ、4月8日の「花まつり」を覚えて下さい。

(住職)