如来さまとともに(55) -6月の法話-

~心も大事  形も大事~

 仏教では心身一如といいます。心と体は別々にあるのではない。心と体は二つで一つ、一つで二つということです。心があるから体があり、体があるから心があるということです。心と体は深く関係し合っているということです。このことから、心と形の関係ということを考えてみたいと思います。

 現代社会では形というものを疎かにする傾向があるように思われます。例えば仏事のことでいうと、葬儀を非常に簡略化してしまう。それ以上に、葬儀そのものを行わないということも少なくありません。また、法事というものもあまり大事と考えない。このように、葬儀や法事という形を疎かにするという傾向です。

 よく「心さえあれば、気持ちさえあればいいのでしょう。心が大事ですよね」ということが言われます。しかし、心は形にあらわれます。形の中には心があります。

 

 福山雅治さんのラジオ番組に「家族を語ろうよ」(FM東京)というコーナーがあって、その番組で、佐賀県の女性からの「おじいちゃんの十三回忌」についてのメールが紹介されたそうです。

 彼女のおじいちゃんは「盆か正月に死ぬ」が口癖だったとか。その理由は「親戚が集まりやすい。命日にたくさん集まってほしい」ということ。そして亡くなられたのが一月三日。口癖通りになったのです。それから年月が経ち、彼女の兄妹も家庭を持ち、正月であっても帰れないことが増えてきました。そんな中、おばあちゃんから「今度、おじいちゃんの十三回忌だから帰ってきて。私も91歳、これが最後だと思うから」と連絡を受けたそうです。

 そこで、親の兄弟6人分の家族がほぼ集まる賑やかな正月となり、家族全員で勤める法事に、おばあちゃんはホッとした様子だったそうです。その法事の席で、ひ孫にあたる13歳の息子さんが、曾じいちゃんは「盆か正月に死ぬ」と言っていたことを知らされ、その思いを「深い」と、えらく感心し、そして彼は、親族に向けて「目標ができたので、発表してもいいですか。ぼくも将来、正月か盆に死にます。これをうちの家訓にしたらいいと思います」と宣言したのです。親族一同が拍手喝采。おばあちゃんは涙を流して笑っていたそうです。

 このお便りを読み終えた福山さんは「法事って、大切にするよね」と感慨深くおっしゃって、自身の父上の三十三回忌に出あって感じた「わざわざ改めて集うことの大切さ」について語られていたとのこと。

 

 このお便りから、おばあちゃんの思いから法事という形があらわれた。そして法事という形の中に込められた家族の思い、温もりというものがあらわれています。

 仏像という仏さまの形にはその仏さまの心がこもっています。その心は智慧と慈悲です。その心は仏像となってあらわれています。

 私たちの阿弥陀仏のお心は限りない智慧と慈悲、あらゆるものをおさとりの仏にしたい、あらゆるものに決して壊れない安らぎを与えたいという心です。そのお心が込められたのが阿弥陀仏の立像です。そして、阿弥陀仏の限りない智慧と慈悲の心は、南無阿弥陀仏という声のすがたとなってはたらいているのです。南無阿弥陀仏とお念仏するところに、阿弥陀仏のお心との出あいがあります。

 心と形は別々にあるのではありません。心は形となってあらわれ、形には心がある。心と形には深い関係があります。「形」を伝えるのも、その「形」を受け継ぐのも、そこには「心」が伴います。また、「心」を伝えるのも、その「心」を受け継ぐのにも「形」が必要です。

 「心」も大事、「形」も大事です。

(住職)