如来さまとともに(54) -5月の法話-

~仏さまは、はたらき~

 仏さまは、目に見えません。そこで「目に見えない仏さまは本当にいるのですか、どうも信じられませんが…」という声を聞きます。確かに仏さまは見えません。しかし仏さまは、はたらき、智慧と慈悲のはたらきなのです。

 障害を持った子のお母さんのお話しです。

 三人の子どもがいるあるお母さんが、40歳前に四人目のお子さんを恵まれたのですが、障害を持って生まれてきました。5歳になっても言葉を理解することができませんでした。また、飲み食いから服の脱着まで、一切手がかかったそうです。

「母ちゃんは、この子より先に死なれん。こうして面倒見てやれる間に、お浄土に参らせてもらうがいい」

長男「母ちゃん、俺長男じゃ、この弟のことは俺が見る」

次男「兄ちゃんは、連れて行けん転勤もそのうちあろう。俺が家を継ぐ。この子は俺にまかせとけ」

 長女の娘さんも、時々お母さんに代ってその子の面倒を見るうちに「困っている人の世話をしよう」と、看護学校に入ったそうです。それから船乗りをしているご主人は、ひどく短気な人で、腹を立てたご主人に、そのお母さんは何度も殴られたそうです。それが、末の子が障害を抱えている子と知れて以来「母ちゃんお前、この子と遊んどれ、何もせんでいい、傍に付いとらにゃ生きちゃおれん子だから」と、優しいことを言う人になったそうです。

 「この子のお陰で三人、情のある子に恵まれて、亭主も優しい男になったとこそ思います。要らん子じゃない、大切な尊い子とまで思います」と、そのお母さんはしみじみと感謝されました。それでも「あんた、母ちゃんが面倒見ておれる間に、お浄土にお参り。母ちゃんが達者な間に、親さまんとこ、お浄土に参らせてもらうがよかろう」と、お母さんはそう言い、障害を抱えた末の子と遊んでおられたそうです。

 ここには、障害を持った子に深く深く注がれる母の愛情がはたらいています。愛情ははたらきです。目には見えませんが、確かにはたらいています。

 仏さまもはたらきです。仏さまの智慧と慈悲は、私たちにはたらいているのです。数限りない仏さまの中に、阿弥陀如来という仏さまがおいでです。阿弥陀さまは、限りない智慧と慈悲のはたらきです。阿弥陀さまには大きな特徴があります。それは、ことに煩悩具足でそのために苦悩している者にこそ、ひとえに深くはたらくということです。

 「たとへば一人にして七子あらん。この七子のなかに一子病に遇えば、父母の心平等ならざるにあらざれども、しかるに病子において心すなはちひとへに重きがごとし」(涅槃経)

 上のお母さんの例でも、親の愛情はすべての子に平等に注がれますが、案じられる命、気掛かりでならない子ゆえに、親の愛情はその子により深くはたらきます。

 阿弥陀如来の心もかくのごときものです。阿弥陀さまの智慧と慈悲はあらゆるものに平等にはたらいているのですが、そのお心は、煩悩具足、苦悩の凡夫にひとえに重くはたらいているのです。

 阿弥陀さまは、はたらきです。私たちに本当の安らぎを与えるはたらきです。自分の力ではさとりを開けないものを、おさとりの仏にするはたらきです。

(住職)