如来さまとともに(53) -4月の法話-

~人生を貫く依りどころ~

 4月8日は「花まつり」、仏教をお開きになったお釈迦さまがお生れになった日とされています。お釈迦さまは、今から2500年程前、インドの北部ルンビニーという所で、当時のカピラ城の王様シュッドーダナと、その王妃マーヤ夫人の子、王子としてお生れになりました。王子としての生活ですから、それは裕福で、何不自由のないものだったでしょう。いわゆる世間的にはとても幸せな生活だったのではないでしょうか。しかし、老・病・死という人間の姿を見て、そのことに深く悩まれ、29歳の時、王子という立場を捨て出家されたのです。そして6年の歳月を経て、35歳の時、お悟りを得られたのです。ここに、仏の悟りの教えである仏教が開かれました。

 お釈迦さまが求められたのは、人生を貫く依りどころとは何なのか、本当の幸せとは何なのかということでした。そして、そのことについてお悟りの中で明らかに見抜き、それを説いて下さっています。

 ここで、人生について仮に横軸と縦軸ということで考えてみたいと思います。横軸とは、人生で起こる様々な出来事です。例えば、日常生活や社会・世の中で起こる、家庭・友達・近所のことや、年金問題、裕福と貧乏という、格差の問題とかの社会問題などのことです。また、出来事には、悪い出来事と良い出来事があります。

 悪い出来事とは、困難や苦悩、悲しみの起こる縁となることです。例えば、葬式、倒産、離婚、失恋、老、病気、死などです。良い出来事とは、喜びや楽しみを生じることです。例えば、誕生、結婚、試験合格、財産が増える、旅行、勝利などです。しかし、この横軸で起こることは必ず変化します。良い出来事でも例外ではありません。良い出来事がいくら増えても、そう長くは続きません。そのことが苦悩の元になることさえあります。

 「諸行無常」とか「人生は苦なり」というお釈迦さまのお言葉は、この横軸について言われたことです。この「人生は苦なり」の「苦」とは、サンスクリット語の「ドゥクハ」で、それには「苦しみ・悩み」の他に「思い通りにならない」という意味があります。「人生は苦なり」とは「人生は思い通りにならない」ということなのです。本当に思い通りにならないことばかりですね。良いこともあれば、悪いこともある。思い通りにならないから、苦悩が生じるのです。

 私たちは、この横軸で起こる良い出来事の中に幸せを求めようとしますが、それはその時々の幸せは与えてくれますし、人生に喜びや楽しみや潤いを与えてくれて大切なものばかりです。しかし、それらのことはずっと長く続くことはなく、必ず変化し消えて無くなるものばかりです。

 お釈迦さまは、横軸は必ず変化し、横軸で起こること自体が幸せであるかどうかを決めるのではないことを教えて下さいました。

 その横軸に対し、縦軸とは、人生で起こる様々な出来事の中で、その出来事に左右されることなく、私の人生を貫いて決して変わることなく支え続ける依りどころです。

 お経の「経」とは、サンスクリット語で「スートラ」といいます。スートラとは「縦糸」という意味です。それが「糸によって貫いて保持しているもの」という意味となり、お釈迦さまが説かれた教えをまとめた書を「経」というようになりました。その「経」の中に、人生を貫く縦軸とは何なのかということが説かれているのです。

 私がいただいている浄土真宗は「南無阿弥陀仏の名号」が私の人生の縦軸なのだと教えて下さいます。「南無阿弥陀仏」は、阿弥陀仏の限りない智慧と慈悲が声のすがたとなって現れ出たものです。南無阿弥陀仏は、「人生は苦なり」の人生で決して変わることのない人生を貫く依りどころです。

 人生の縦軸、すなわち人生を貫く依りどころを得ることが幸せです。私にとって、それは南無阿弥陀仏です。

(住職)