如来さまとともに㊿ -1月の法話-

~今を生きる~

 仏教は「今を生きる」という教えです。なぜ、仏教は死の問題をやかましく言うのかというと、それは「いま」が大切だからです。生きるということと死ということは、切り離しては考えられません。生きるということと死は、ちょうど紙の表と裏のような関係です。その紙の表と裏は、いつひっくり返るか分かりません。ですから、今を大切に生きる、安らぎを得て生きるためには、死の問題をいま解決することが大切なのだと、仏さまは教えて下さいます。

 江戸時代の中頃、滝瓢水(ひょうすい)という俳人がいました。播磨国別府の廻船問屋の跡取りとして、裕福な家に生まれました。そして、長じて家業を継いだのですが、家業をほったらかして、遊蕩三昧、また俳句にのめり込みました。家業は没落し、たくさんあった蔵も一つ売り、二つ売り、とうとう最後の蔵も手離してしまいました。

 「蔵売って 日当たりのよさ 牡丹かな」その時詠んだ瓢水の句です。呑気な句です。

 ある時、すでに俳諧では名声を馳せていた瓢水のもとに、一人の禅僧が教えを請いに訪ねて来ました。ところが、瓢水はあいにくの留守で、玄関先に「風邪を引いたので、町まで薬を買いに行ってきます」と書いた置手紙がありました。

 これを見た禅僧は「風邪を引いたぐらいで薬を求めに行くなどとは。悟りを開いたといわれる瓢水だが、この程度の人間か。死を怖がっているような人間では、教えを請うほどのこともないわ」と言い放って帰ってしまいました。

 暫くして、薬屋から帰ってきた瓢水はその話を聞くと、短冊に一首の俳句をしたため、「まだ近くにおいでだろうから、これを渡してくれ」と使いの者を差し向けました。ほどなく禅僧を見つけ短冊を渡すと、その句を読んだ禅僧が慌てて瓢水のもとに引き返し、深々と頭を下げ自らの未熟さを恥じ、教えを請うたそうです。その時の句が次の有名な句です。

 「浜までは 海女も蓑(みの)着る 時雨(しぐれ)かな」

 この句は、海女はやがて海に潜り体は水に濡れてしまうのに、せめて浜までは時雨で体を冷やさぬように蓑を着て我が身を思いやり、今を大切にするという海女たちの姿を詠ったものです。

 つまり瓢水は「風邪気味で薬を求めるこの私を、意気地の無い男だとなじるのは結構ですが、どうせ死ぬ命だからといって、この命を粗末にして良いはずはありません。せめて命が終るその時まで、生かされている我が身を大切にし、今を大切に生きて行くことが人の生きる道ではないでしょうか」と言っているのです。これにはさすがの禅僧も恐れ入ったというわけです。

 「どうせ死ぬのだから、今さえ楽しければいい」「死んだらおしまい、何もなくなってしまうのだ」このような声を聞きます。しかし、そこには何か大切なものが抜け落ちているように思えます。仏さまは、死んだらすべてがなくなり、終わるのだとは仰ってはいません。死んでお終いではない‟いのち”を、私たちは生きているのです。

 命終った私がどうなるのかを教えて下さるのが仏教です。私達がいただいている浄土真宗は、今すでに届いている南無阿弥陀仏のはたらきによって、命終ったその時には、お浄土に参り、おさとりの仏とならせてもらうのだ。そして、そのことが‟すでに今”定まっているのだという教えです。死んでお終いではない、浄土への人生です。

 南無阿弥陀仏に私のすべてをまかせ、まず死の問題を解決して、今を生きて行くのです。その時その時の今を大切に生きる。仏教はこれに尽きます。

(住職)