如来さまとともに㊾ -12月の法話-

~衆生病むがゆえに 菩薩病む~

 『維摩経』というお経に「衆生病むがゆえに、菩薩病む」というお言葉があります。これは、仏、菩薩の慈悲の心をあらわしたものです。仏、菩薩の慈悲は、衆生すなわち私たちの苦しみ悲しみを、自らの苦しみ悲しみとする心だということです。ここで、この慈悲の心を自身の心において考えてみると、他者の苦しみ悲しみを、自己の苦しみ悲しみとすることは私たちにはとても難しく、不可能といっても良いでしょう。

 他者の苦しみ悲しみに思いを寄せ、寄り添うことはできるでしょう。それは、人間としてとても尊い行為です。しかし、私たちはどこまでも自己中心です。自分の都合が最優先されます。

 お釈迦さまの前世譚(前世の逸話)に「捨身飼虎(しゃしんしこ)」という話があります。ある時、お釈迦さまが谷底を見下ろすと、谷底に虎の親子が落ちていました。谷底ですから食べるものが何もなく、飢餓の極限状態になり、親の虎が最後に子の虎を食べようとしていました。その様子をご覧になったお釈迦さまは、谷底に身を投げ出し、虎の餌になったという物語です。これは、わが身可愛さに自分の都合で、自分の子を殺そうとする虎の姿と、それを救おうとする仏さまの慈悲のはたらきをあらわしています。

 仏教でいう慈悲とは、例えば、海に二人が投げ出された時、浮き輪が一つしかなかった。そんな時、相手のことを先にし、自分が浮き輪から手を放すのが慈悲心だといわれるのです。このことや、先の「捨身飼虎(しゃしんしこ)」の話しのお釈迦さまの行動のようなことが、私たちにできるでしょうか。とてもできそうにありません。

 このような中、この世間で仏さまの慈悲に近いものを探してみると、親の子に対する思い、行いがあげられます。

 以前、ダウン症の子を持った母親の話しをある本で見ました。

 三人の子どもがいるあるお母さんが、40歳前に四人目のお子さんを恵まれたのですが、ダウン症の障害を持って生れてきました。5歳になっても言葉を理解することができない。また、飲み食いから服の脱着まで一切手がかかったそうです。

 

「母ちゃんは、この子より先に死なれん。こうして面倒見てやれる間に、お浄土に参らせてもらうがいい」

長男「母ちゃん、俺長男じゃ。この弟のことは俺が見る」

次男「兄ちゃんは、連れて行けん転勤もそのうちあろう。俺が家を継ぐ。この子は俺にまかせとけ」

 

 長女の娘さんも、時々お母さんに代ってその子の面倒を見るうちに「困っている人の世話をしよう」と、看護学校に入ったそうです。それから船乗りをしているご主人は、ひどく短気な人で、腹を立てたご主人に、お母さんは何度も殴られたそうです。それが、末の子が障害を抱えている子と知れて以来「母ちゃん、お前、この子と遊んどれ。何もせんでいい。傍に付いとらにゃ生きちゃおれん子だから」と、優しいことを言う人になったそうです。

 「この子のお陰で三人、情のある子を恵まれて、亭主も優しい男になったとこそ思います。要らん子じゃない、大切な尊い子とまで思います」と、そのお母さんはしみじみと感謝されました。それでも「あんた、母ちゃんが面倒見ておれる間に、お浄土にお参り。母ちゃんが達者な間に、親さまのとこ、お浄土に参らせてもらうがよかろう」お母さんはそう言い障害を抱えた末の子と遊んでおられたそうです。

 案じられる命、気掛かりでならない子ゆえに、親の慈悲はその子により深く注がれます。

 『涅槃経』に「たとへば一人にして七子あらん。この七子のなかに一子病に遇えば、父母の心、平等ならざるにあらざれども、しかるに病子において心すなはちひとへに重きがごとし」とあります。仏さまの心もこのようなものです。仏さまの慈悲は、あらゆるものに平等にはたらいていますが、その慈悲の心は、苦しみ、悲しむものにひとえに重くはたらくのです。

 親鸞聖人は、ご自身の身を省みて和讃に「小慈小悲もなき身にて」と仰っています。小慈小悲とは親の慈悲のことです。阿弥陀仏の智慧と慈悲を聞き開いたところに、親の慈悲さえも私にはないのだと、親鸞聖人は深く悲しみ、慚愧されています。しかし、この和讃で続けて「有情利益はおもふまじ 如来の願船いまさずは 苦海をいかでかわたるべき」と書いておいでです。小慈小悲もないわが身を、阿弥陀仏の慈悲は温かく包んでいて下さるのだという喜びです。

 自分の思い通りにしたいという欲望、そして、どこまでも自分の都合を先とする心から離れることができない。それ故に、苦しみ、悲しんでいるのが私たちのすがたです。しかし、その苦しみ、悲しみ、小慈小悲もないようなものにこそ、阿弥陀仏の慈悲は深く深くはたらいています。苦悩の私こそが、阿弥陀仏の目当てです。

(住職)